interview エッジAIで鉄道・製造業の問題を解決。三井住友海上とは保険金支払をなくすための協業も実現 ― Tokyo Artisan Intelligence(株)

2024年1月、三井住友海上キャピタル株式会社によるTokyo Artisan Intelligence株式会社(以下「TAI」)への投資が発表されました(プレスリリース)。三井住友海上キャピタルはこれまでリードベンチャーキャピタル(以下「VC」)として、3回に渡り同社に投資しています。
TAIはエッジAIソリューションを提供する東北大学発スタートアップ。製造業をはじめ、通信コストをかけられなかったり、リアルタイム応答が必要な環境下でクラウドAIを利用できなかったりする企業へエッジAIサービスの導入を進めてきました。三井住友海上キャピタルでTAIを担当する白松昌之は「画像認識精度などの技術力の高さがTAIの特徴」だと語り、研究者でもある代表の中原啓貴さんを「ビジネスパーソンとしても優秀」と評します。
TAIのエッジAIはどのような場面で活躍するのか。中原さんはなぜ三井住友海上キャピタルに投資を依頼したのか。TAIの今後の成長戦略は。中原さんと白松に聞きました。

Tokyo Artisan Intelligenceの中原啓貴さん
鉄道会社がエッジAIを必要とする理由
最初に、TAIについて教えてください。
中原(TAI):TAIは東北大学発のベンチャー企業で、端的に言うと「エッジAI(編注:アルゴリズムを、インターネットと通信するクラウドではなく端末(エッジ)側で実行するAI)」を提供している会社です。
中原 啓貴 | NAKAHARA Hiroki
Tokyo Artisan Intelligence株式会社 代表取締役 CEO, CTO / 博士(情報工学)
Tokyo Artisan Intelligence株式会社 代表取締役/CEO,CTO, 創業者東北大学 未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授、東京工業大学 工学院情報通信系 特定教授。専門は半導体設計技術、AI、コンピュータ・アーキテクチャ、組込みシステム。学生時代は半導体のデジタル設計とコンピュータ・アーキテクチャについて研究し、学位取得後、Field Programmable Gate Array (FPGA) を用いた応用研究開発に着手。2012年のAIブーム以前から深層学習の研究開発に先駆的に取り組む。2019年の英国インペリアル・カレッジ・ロンドン校にて客員研究員として滞在。帰国後、Tokyo Artisan Intelligence株式会社を創業し、AIと半導体チップの研究開発及び社会実装を通じて大学教員の新しいキャリアビジョンの開拓に取り組む。2022年、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)「ナイスステップな研究者2022」選定。また、国際会議 FPT'2023 の実行委員長として抜擢される。

中原(TAI):近い将来、あらゆる業界が深刻な労働力不足に陥ると言われています。この問題に対処するため、AIやロボットへの注目が集まっているのは周知の事実です。とはいえ後述するように、特に製造業においては、インターネット通信が必要なクラウドが使える環境下にない現場も少なくありません。そこで活躍が期待されるのがエッジAIです。しかし、エッジAIにも課題はあります。AIの計算には膨大なエネルギーが必要なため、使い方によっては熱がこもって壊れてしまうことがあるのです。
そこでTAIでは、FPGA(書き換え可能な半導体チップ)を使ったコンピュータを製作しました。熱や振動、ほこりがある環境でも壊れにくいエッジAIコンピュータとなっています。
例えばどのような使われ方をするのか、教えてください。
中原(TAI):現在TAIのソリューションは鉄道会社を中心にご利用いただいています。
例えば従来の線路巡視では、作業員がレールに異常がないか徒歩・目視で確認していました。これには多大な時間・人的コストが費やされていますが、TAIのソリューションならこれを軽減できます。そこでTAIは、カメラとバッテリ、そしてAIソフトウェアを備えたコンピュータボックスを開発しました。これを既存の点検カートに備え付け、撮影しながら線路を走らせ、異常を発見したら作業員にリアルタイムでアラートする仕組みとなっています。
このソリューションを導入いただいたJR九州の事例では、従来の徒歩巡視と比較して40%の人員コスト削減に成功しました。

なぜクラウドAIではなくエッジAIを使うのでしょうか。
中原(TAI):線路巡視では発見した瞬間にアラートを鳴らさねばなりません。しかし仮にクラウドAIを利用すると、多少のタイムラグが発生してしまいます。通信不良でそもそもAI判定処理ができないケースもありえるでしょう。その点エッジAIなら、即座にアラートを鳴らせます。
また、線路のデータは機密情報です。そのため、クラウドにデータを置くことがコンプライアンス的に許されない場合もあるのです。解像度の高い録画データを大量に保存するとなると、高額な通信費用もかかってしまう。そうするとコストを削減するどころか、却ってランニングコストがかかってしまいます。線路なのでトンネル内など電波の届かないところもあります。このような事情から、クラウドではなくその場ですぐに判定できるエッジAIの需要があるのです。

他にも鉄道会社では、架線の点検や坑口(トンネル)に人が進入していないかなどの確認にTAIのソリューションが使われています。
エッジAIを利用して、あらゆる面から鉄道会社のコストを削減し、生産性を向上しているんですね。
中原(TAI):その通りです。ただTAIでは、「エッジではない」AIソリューションの開発も手掛けています。
例えば鉄道会社では5年に1回、法令上、踏切の交通量を調べなくてはなりません。従来は人が朝7時から12時間、どんな車両が何台通ったかをカウントして決まったフォーマットでレポートする必要がありました。
この作業を、AIを使って代替しています。踏切にカメラを設置しておくだけで、国土交通省の決まったフォーマットでレポートを自動で作成。踏切は何百台とあるので、人を雇用するよりかなりのコストが削減できる、というわけです。AIは人と違ってカウントミスがないことも実証しました。
鉄道会社以外ではどのようなソリューションを提供しているのでしょうか。
中原(TAI):エッジAIを絡めた車両やロボットを開発し、企業の人手不足やそれに起因するDXを推進しています。
ある製造業では、人間が対応してきた業務を人手不足が原因でロボットに置き換えることにしました。TAIではそのロボットの開発に携わっています。これ自体は最早AIですらありませんけどね(笑)。とはいえ、TAIのキーワードはやはりエッジAIです。この事案では、カメラと連携したエッジAIで人の目を代替しました。
三井住友海上キャピタルに投資してもらいたかった理由
三井住友海上キャピタルがTAIに投資した理由を教えてください。
白松(三井住友海上キャピタル):TAIには2021年に初回投資をして、これまでリードVCとして計3回投資をしてきました。
白松 昌之 | SHIRAMATSU Masayuki
三井住友海上キャピタル株式会社 投資部 プリンシパル
1997年、東海銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2002年オリックス・キャピタル、2009年安田企業投資、2012年当社に入社。2002年より一貫してベンチャーキャピタリストとして、多数のスタートアップ企業への投資、支援に携わる。高い志を持った、若さとやる気あふれる起業家を積極的に支援している。

白松(三井住友海上キャピタル):TAIを知ったきっかけは新聞記事でした。面白そうだなと思って、中原さんにメールしたんです。
中原(TAI):実はそのメールは迷惑メールフォルダに入っていまして…たまたま迷惑メールを確認したら白松さんからのメールを発見しました。あれを見落としていたら、今の状況はなかったかもしれません。その節は失礼しました(笑)。
白松(三井住友海上キャピタル):私としても見つけていただいて、運が良かったです(笑)。
白松(三井住友海上キャピタル):それで話を聞いてみたところ、エッジAIのマーケット性はもとより、TAIの技術力、特に画像認識精度の高さに目を見張りました。しかも将来的には、ハードとAIとFPGAを垂直統合するビジョンを描いていると言います(後述)。非常にポテンシャルのある会社だなと思い、投資を決断しました。

例えば鉄道の点検業務をAIで代替するというソリューションは、他社でも提供していますよね。TAIはどのような点が優れていたのでしょうか。
白松(三井住友海上キャピタル):確かに、ソリューションだけをみると類似サービスはあるかもしれません。でも実際の業務に耐えうるAIというのは、実はまだまだ少ないんです。一方でTAIのソリューションは屋外でも使えるし、電力消費も抑えられて、精度も高い。それで投資に至りました。
TAIはいわゆる研究開発系のスタートアップです。VCや投資家、顧客への説明に苦慮するケースがあるのではないでしょうか?
中原(TAI):技術の説明に苦慮するケースは少なくありません。でも人手不足という課題はどのお客さまも認識しています。この状況に最近は実績が加わったため、説明コストはかなり下がってきました。
白松(三井住友海上キャピタル):我々が最初に投資したときにも、実績もほとんどありませんでしたよね。ただ中原さんからは、大学人にもかかわらず、ビジネスパーソンとしての優秀さが当時から感じられました。ビジネスに必要な突破力や課題解決力、交渉力といったものがずば抜けていたんです。それもあって自社説明も上手く対応している印象がありますね。
中原(TAI):当然ながらお客さまと同様、資金調達時には、VCにも事業の説明をしなければなりません。中にはけんもほろろなキャピタリストもいたのですが、白松さんは最初から丁寧に話を聞いてくれました。起業家と対等というか、同じ仲間として見てくれる印象でしたね。

IPOは2~3年で達成できるものではないので、投資家とは自然と長い付き合いになります。だから投資担当者との相性は非常に重要なんです。白松さんを筆頭に三井住友海上キャピタルなら大丈夫だろうと感じ、リード投資家をお願いしました。
白松(三井住友海上キャピタル):そう言っていただけるとありがたいです。
中原(TAI):それとは別に、三井住友海上キャピタルに投資をお願いした理由があります。
先述の通り、TAIの現在の主な顧客は製造業や鉄道会社です。これらの業界の業務では、100%の精度が求められる場面も少なくありませんが、人間の仕事と同様、100%の精度を常時発揮するAIは作れません。とすると、長いスパンではトラブルが発生する可能性は否定できませんし、工場が止まることだってあるかもしれません。
そういったときに必要となるのが「保険」です。そのためTAIにとって保険会社との協業は必要不可欠でした。その点、三井住友海上は他の会社とも協業している「スタートアップ×保険」のパイオニア。私としては絶対に組みたいと考えました。これも投資をお願いした理由の一つです。
白松(三井住友海上キャピタル):三井住友海上の保険の担当者を紹介して、ちょうど今、どのような保険を設計するべきか、議論しているところですよね。TAIのソリューションが本格導入されるころに保険も提供できるように、準備を進めています。
今回のように、特定のビジネス専用の保険を作ることはよくあるものなのでしょうか。
白松(三井住友海上キャピタル):珍しいことではないですね。既存の保険を組み合わせたり、必要に応じて新しい保険を作ったり、柔軟に対応してもらっています。過去にはモビリティや宇宙関連スタートアップの保険を開発したこともありました。
保険の顧客の課題を共同して解決
他にどんな形でTAIをサポートしているか、教えてください。
白松(三井住友海上キャピタル):まずはリードVCとして、TAIが研究開発系のスタートアップという点を踏まえて、一緒に資金調達計画を立てています。
また知財に強い弁護士事務所やIPOコンサルティング会社も紹介しました。ガバナンス強化のため、取締役や監査役候補の方も紹介しています。この候補者は無事に就任が決まりました。営業先を紹介したりもしていますね。
中原(TAI):顧客紹介については、AIを用いてそもそもの保険金支払いをなくすために、三井住友海上の既存顧客を紹介いただくケースが多くなっています。
例えばスーパーマーケットでは、弁当に「鮭弁当」「唐揚げ弁当」のように商品シールを貼付しますよね。これには原材料なども掲載されていて、アレルギーをもった方には重要な情報となります。しかし人力でシールを発券していると、たまに間違えが発生してしまうらしいんです。それでお客さまにアレルギー症状が出てしまったら、場合によってはスーパーから損害金を払わなくてはなりません。実際、あるスーパーはそういった保険に加入していたので、三井住友海上は保険金を支払っていました。

そこでTAIは、弁当をカメラで読み取って、シールを自動出力するシステムを開発し、シールの間違いを防ぐ取り組みを実施しています。三井住友海上としては保険金の支払いがなくなりますし、スーパーとしてもそもそもの事故を防げるようになります。
白松(三井住友海上キャピタル):通常のスタートアップだと「こうすれば解決できそう」と思っても、それほどすぐにはモノを作れないんですよね。ですが中原さんは3日程でエッジAIのハードのプロトタイプを作ってきて驚きました。
中原(TAI):それは頑張りました(笑)。
TAIとしても顧客を紹介していただけるのは、営業面で非常に助かっています。まだ詳しくは語れないのですが、意外なところに色々なニーズがあるんだなと驚いています。それも三井住友海上が幅広い業界で長い間保険を提供していればこそ、ですね。
白松(三井住友海上キャピタル):営業先の紹介は、我々としても今後力を入れていきたいところです。
半導体も開発し、垂直統合型企業へ
最後に、TAIの中長期的な展望を教えてください。
中原(TAI):TAIの今後の課題はエッジAIに適した半導体チップの開発です。
AIを使うか否かにかかわらず、コンピュータは計算をすると消費電力が大きく熱くなってしまいます。そのためその使用には冷却し続けなければなりません。
先述したようにTAIのエッジAIソリューションは、鉄道会社や製造業で使われています。しかしこれらの現場ではほこりが舞っていたり、雨が降っていたり、工場内の湿気が高かったりして、冷却ファンが働くには厳しい環境であることも少なくありません。つまり、鉄道現場や工場では、長期間働くエッジAI向けの半導体チップの必要性が高いのです。

そこでTAIでは、資金調達を行い、国内外の会社と提携してエッジAI向け半導体チップの開発を始めました。
繰り返しになりますが、現在TAIは、エッジAIシステム向けのコンピュータを開発し、ロボットや鉄道のDXに取り組んでいます。しかし要となる半導体チップは外国製。半導体を自分たちで開発できるようになれば、半導体の開発からソリューション提供までを国内産だけで実現する垂直統合型企業になれるはずです。
そもそも私の専門はAIではなく、本当は半導体なんです。FPGAという書き換えができる半導体チップをAI向けに開発すれば、上記の問題を解決できそうなことが最近になってわかってきました。会社はまだ6期目ですが、私が博士号を取得したときからかれこれ20年。研究成果をようやく社会に活用できるところまで来ました。
2025年6月時点で、FPGAチップのファブレスメーカーは国内にはまだありません。狙っているマーケットは1.1兆円の巨大市場。将来的にはTAIを日本発のファブレス半導体メーカーとして、NVIDIAみたいな存在感を発揮し、あらゆる業界の人手不足問題やコスト削減課題を解決していきたいですね。
白松(三井住友海上キャピタル):応援しています。頑張っていきましょう。
中原(TAI):よろしくお願いします。
中原さん、白松さん、本日はありがとうございました。三井住友海上キャピタルでは引き続き、TAIを応援していきます。

(取材・執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)
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