interview 「こんなに支援してくれるVCは珍しい」新卒海外留学生の就職をサポートする「JPort Match」を三井住友海上キャピタルがバリューアップした方法
2024年3月、三井住友海上キャピタル株式会社による株式会社SPeakへの投資が発表されました(プレスリリース)。SPeakは新卒グローバル人材就活ナビ「JPort Match」や、若手外国人材就職活動支援コミュニティ「JPort Journal」を運営するスタートアップで、日本にいる外国人留学生を就職面から支援しています。
三井住友海上キャピタルはこれまで、「バリューアップチーム」を中心にSPeakをサポートしてきました。本記事ではJPortのサービスや、その利用企業である三井住友海上火災保険株式会社の外国人留学生採用の課題感、そして「こんなに支援してくれるVCはなかなかいない」と言わしめた三井住友海上キャピタルのバリューアップ支援の内容に迫ります。
外国人留学生にとって、日本はまだまだ魅力的
唐橋(SPeak):株式会社SPeak(以下「SPeak」)が運営するのは、グローバル人材に特化した新卒採用就職情報サイト「JPort Match」と、外国人材向け就活英日eラーニング&先輩コミュニティサイト「JPort Journal」です。外国人留学生に関連する豊富な記事や動画コンテンツを用意し、企業のグローバル人材採用に貢献しています。
2024年11月現在、146カ国・6,000名以上が利用しており、累計マッチング数は2,700件。大企業を中心に、海外展開する地方の中小企業などでも利用が増えています。
唐橋 宗三 | KARAHASHI Hiromi
株式会社SPeak 代表取締役 CEO
1984年生まれ。高校で単身渡米し、アメリカ現地高校卒業後、ニューヨーク市立大学法科心理学部卒業。 Boston Career Forum運営企業にて運営に携わり、世界中の優秀な若者のダイバーシティの可能性を感じる。大学卒業後、帰国しダイキン工業株式会社にて営業戦略部門に従事。その後、株式会社リンカーズ、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)を経て、日本の国力をアップデート・国籍のD&Iを促進するため、株式会社SPeakを創業。海外展開や多国籍社員の採用などにインクルーシブな職場を軸に、情報収集や企業選びができる新卒就活プラットフォーム「JPort Match」を開発・運営。プライベートでは、国際結婚・三児の父。
唐橋(SPeak):高齢化や円安もあって「もう日本は終わっているんじゃないか」「日本で働きたい外国人なんていないんじゃないか」と、日本に対して悲観的な意見は少なくありません。もちろん日本にも変えなければいけない点はありますが、私はまだまだ大きなポテンシャルが眠っていると考えています。
最近の円安にしても、例えばフィリピンの新卒の給料は約6万円で、外資系企業でも16万円程度。それなら円安を考慮しても日本の方が給料は十分に高いですよね。日本は安全でインフラも整っているし、文化的に日本のコンテンツが好きという外国人もたくさんいます。安心・安全のレベルは高いですし、東南アジア出身の方にとっては数時間で母国に帰れるという距離感もメリットです。留学生の数自体も、過去20年で3倍以上に伸びています。国もどんどん増やそうとしているところで、日本に来やすい環境になっている。日本という国は外国人留学生にとって、まだまだ魅力的ですよ。
留学生は増えているのですね。しかし留学生の日本での就職は大変だと聞きます。
唐橋(SPeak):国内で学ぶ留学生の内、日本での就職を望む方は90%程度と言われていますが、実際には35%程しか就職できていません。他の方々は母国に帰ってしまったり、他国に行ってしまったりしています。
安藤(三井住友海上キャピタル):その数字を最初に聞いたときは衝撃的でした。
唐橋(SPeak):もちろん希望者の100%が就職できるとは思いませんが、我々の体感としては70%程の留学生は、日本で就職できると考えています。そのため、1.5万人にJPort Matchで就職してもらうことが短期的な目標ですね。
独自の採用コースを新設して外国人留学生採用を加速
JPort Matchは、三井住友海上火災保険株式会社(以下「三井住友海上火災保険」)でも利用されています。まずは担当である関口さんの業務内容について教えてください。
関口(三井住友海上火災保険):私は人事部採用チームに所属しており、担当は新卒採用やグローバル人材採用です。また現在、弊社では人事改革を敢行しており、その担当として人事制度設計も兼務しています。今後10年で海外人材をどのように採用するのか、海外ポストを魅力的にしていくのか。こういったことを考える業務に従事しています。
関口 裕紀 | SEKIGUCHI Hiroki
三井住友海上火災保険株式会社 人事部 採用チーム 兼 人事改革推進チーム 課長代理
2016年入社。初任地である関西企業営業第四部にて企業営業を6年間経験。主に化学繊維業界と食品業界における保険手配やリスクマネジメントを担当。また、国際ブローカーとの連携により、グローバル保険プログラムの構築などにも携わる。2022年4月から現職。趣味はゴルフとアニメのワンピース鑑賞。
外国人採用の現状を簡単に教えてください。
関口(三井住友海上火災保険):三井住友海上火災保険は2016年度から留学生の採用を始めていて、当時は一本釣りのように採用活動をしていました。その後、コロナ禍で留学生が市場から減ってしまったこともあり「外国人留学生コース」を新設しています。これはいわゆる総合職の応募ですが、例えば日本人が日本語で受けるSPIや面接は留学生には実施しない、というものです。このコースを筆頭に、外国人留学生が応募しやすい環境を整えようとしています。
唐橋(SPeak):言うは易しで、大手企業を見渡しても、実際に外国人留学生専門コースを設けているケースは非常に少ないですよ。
関口(三井住友海上火災保険):そうですよね。このコースは留学生には広く受け入れられていて「わざわざこんなコースを設けているなんて、本気で外国人を受け入れようとしているんだと感じた」と言っていただけることは珍しくありません。おかげさまで応募者数も徐々に増えています。
唐橋(SPeak):素晴らしいですね。
外国人留学生採用独自の大変さはありますか?
関口(三井住友海上火災保険):まずは文化の違いですよね。これが原因で早期に辞めてしまう人も中にはいます。
唐橋(SPeak):確かに文化面は難しいところです。どちらかが合わせればいいというわけではありませんからね。例えば留学生としては時間通りに行動するなど、日本のビジネス文化に適応しなければいけませんし、逆に企業側は外国人のストレートな意見に耳を傾けたり、異国で暮らしているということを認識したりしなければいけないと考えています。
関口(三井住友海上火災保険):「聞いていた話と違う」といった話も少なくありません。外国語話者が日本語で条件を聞いて、それが原因で齟齬が生じてしまうのだと思います。
また現状で外国人留学生コースは、入社するまでどこに配属されるか分からない形式となっていますが、今後はポストを明確にして「あなたはこの部署のこの課で採用します」と募集した方がいいかもしれませんし、入社前にインターンをしてもらって、就職後のイメージをつけてもらうことも大事かもしれません。
唐橋(SPeak):なるほど。海外はジョブ型の仕事が多いので、そこは割り切って日本企業側が対応しないといけない場面もあるでしょうね。完全とはいかないまでも、ある程度社内で入社後に外国人留学生のキャリアパスに合う配属ポストのコンセンサスを取った方がいい、というアドバイスは私もよく企業に差し上げます。JPort Matchとしても離職はしてほしくないですからね。
唐橋さんの第一印象は「骨太な起業家」。スタートアップ側の印象は?
三井住友海上キャピタル株式会社(以下「三井住友海上キャピタル」)はSPeakへ出資していますね。
安藤(三井住友海上キャピタル):SPeakの初期投資家の方から唐橋さんを紹介いただいて、JPortの話を聞きました。当時はユーザーコミュニティができてきて、エンタープライズ企業との契約も増え始めていた時期です。
唐橋さんと対話を重ね、日本での就職を目指す外国人留学生と採用を推進する企業双方の課題を知りました。それに対して唐橋さんが真摯に向き合い、必ず事業を成長させるという強い決意と行動力を目の当たりにし、SPeakの応援団に加わることを決意したんです。
高度外国人材の「卵」と期待される外国人留学生の受け入れ拡大、就職率の引き上げを目指す政府目標も追い風に、JPort Matchがキャリア事業を拡大させ、ひいては社会インフラサービスへと成長してくれると信じています。
安藤 雅明 | ANDO Masaaki
三井住友海上キャピタル株式会社 投資部 パートナー
1982年生まれ。大学院修了後、日興シティグループ証券の投資銀行部門にて資金調達並びにM&Aアドバイザリー業務に従事。12年から当社にて国内外のスタートアップ30社超への投資を主導。主な投資担当先は、マネーフォワード、メドレー、かっこ、QDレーザ、Drivemode、リノベる、ライナフ、PIAZZA、バルス、Clear、アークエッジ・スペース、岩谷技研等。趣味はJリーグ(ベガルタ仙台)と欧州のサッカー観戦。唐橋家と同じく、妻と3人の子供の5人家族。
唐橋さんという起業家の印象を教えてください。
安藤(三井住友海上キャピタル):最初のミーティングはオンラインだったのですが、それでも事業に対する熱量が伝わってきました。成し遂げたいビジョンを熱く語る姿が印象的でしたね。「骨太な起業家」というのが第一印象で、それは今も変わっていません。
お互いに時間を使っているのだから、その時間で最大限の効果を得ようとするプロフェッショナルな姿勢も印象に残っています。プレゼンやQ&A、ディスカッションはもちろん、その後「投資を検討します」と伝えた後の資料提出やレスポンスも早かった。「ここは分かりにくそうだから動画を用意しました」と、相手のことを第一に考えているのも素晴らしかったですね。
唐橋(SPeak):普段褒められないので照れますね(笑)。
唐橋(SPeak):逆に安藤さんはいい意味で、VCっぽくないと感じました。というのは、SPeakの対象市場は外国人市場ですが、それだけで興味を示していただけないキャピタリストも中にはいるんです。そんな中で安藤さんはこの市場に全くアレルギーがなかった。それだけでもちょっと驚きましたね。これまで信じて投資いただいた株主と同じく、SPeakのビジョンに心から共感いただけていると感じています。
安藤(三井住友海上キャピタル):私はもともと外資系の金融機関にいて、外国人留学生とも一緒に働いていました。グローバルに活躍できる優秀な人材を採用したいという企業側の事情も分かっているつもりですし、いち個人としてこんなに優秀な同期がいるんだと実感した経験がそうさせたのかもしれません。
顧客紹介というスタートアップのバリューアップ
三井住友海上キャピタルは投資先のバリューアップとして、どのようなことをしているのでしょうか。
細井(三井住友海上キャピタル):PMFが終わり、トップラインの成長を目指す段階になった際に顧客を紹介するケースは多いですね。関口さんにSPeakを紹介したのもその一環です。
細井 健太郎 | HOSOI Kentaro
三井住友海上キャピタル株式会社 営業支援部 兼 投資部 プリンシパル
2007年、三井住友海上火災保険入社。リテール営業、企業営業等を経験した後、2021年当社に入社。
投資先企業のバリューアップに向け、日々多岐に渡るサポートを実施。趣味は旅行とトレイルランニング。唐橋家と同じく妻と子供3人の5人家族。
安藤(三井住友海上キャピタル):私たち自身のネットワークで顧客紹介をするケースはもちろんのこと、親会社である三井住友海上に導入提案をしたり、その先にいらっしゃる顧客企業を紹介してもらえたりするようにサポートしています。
また三井住友海上の営業チームには、細井たちが事前にJPort Matchのサービス内容や特徴などを事前にインプットしているんです。それをきっかけに営業チームの方が顧客企業にJPort Matchの話をして、興味をもってもらえたらSPeakを紹介する、というわけですね。
細井(三井住友海上キャピタル):実はこれは、こちらからの一方的なお願いというわけではなく、三井住友海上にもメリットがあるんです。つまり、三井住友海上の営業第一線の皆さんが当社の投資先のサービスという保険商品以外の案内をお客さまにできるようになる、ということです。これが競合他社との差別化につながります。
SPeakを例にとると、企業の人事部に出入りしている営業担当者が、保険商品に加えて「新卒の留学生採用でもお役に立てます」と提案するようなイメージですね。
関口(三井住友海上火災保険):私も大阪で6年間営業を担当していたのですが、商談に行く際には三井住友海上キャピタルの投資先一覧をA3表裏に印刷して、懐に忍ばせていました。それで、例えば飲食系の会社に行くときに「実はグループ会社が昆虫食に投資をしていて......」と話すんです。功を奏して「つないでほしい」なんて言われたら、三井住友海上キャピタルに連絡する、ということをしていました。
唐橋(SPeak):お客さまが常に保険に興味があるわけではないでしょうから、営業としてもいいですよね。
関口(三井住友海上火災保険):そうですね。営業としてはとにかくお客さまのためになるご提案ができればいいので、引き出しが広がるのは助かりました。
日本をグローバル人材先進国にするための、次の支援
唐橋(SPeak):三井住友海上キャピタルには関口さんだけでなく、他にも何社もご紹介いただいています。正直に言って、こんなVCは珍しいです。もちろん、安藤さんという投資担当者がいて、細井さんのようなバリューアップ担当者がいて、その先の営業パーソンのネタが増えれば助かるという理屈は分かります。そういった仕組みや連携をCVCに期待しているスタートアップも少なくないでしょう。
しかし、実際にそれを実行に移してくれる会社は多くありません。グループのネットワークという強みを活かして、スタートアップのバリューアップを本気で実行する。これは本当にすごいことですよ。
安藤(三井住友海上キャピタル):そう言っていただけると僕らも嬉しいです。むしろ三井住友海上キャピタルとしてはもっと協力したいと考えているのですが、何かリクエストはありますか?
唐橋(SPeak):では遠慮なく(笑)。先ほど関口さんが営業時にA3の投資先資料を忍ばせているという話をされていましたよね。むしろ我々の方から営業の方向けにチラシを作ったり、研修会をしたりして、サービスを深く知っていただく機会を作りたいです。
細井(三井住友海上キャピタル):いいですね、ぜひやりたいです。SPeak社単独だけでなく、例えば人事関連サービス数社共同で説明会を開ければ、営業の方もより興味をもってくれるかもしれません。三井住友海上キャピタルとしても2024年10月からバリューアップ専任チームである営業支援部を立ち上げたので、組織的にレバレッジを効かせて支援していきたいです。
細井(三井住友海上キャピタル):ちなみに、投資先からのニーズに応じてアタックリストを作り、そこに記載されている企業を担当している課に連絡することもあるのですが、最近ありがたいことにその逆のパターン、つまり三井住友海上の営業担当者から我々に問い合わせが来るというケースも多いんです。人事領域に提案できる投資先のサービスはないか、と。バイネームで「SPeakを紹介してほしい」みたいなこともあります。
また三井住友海上キャピタルでは、三井住友海上の社員向けに、新規投資先や既存投資先アップデートを紹介したメールマガジンを月に2回、発信しているんです。もちろんSPeakのことも書いていますよ。
唐橋(SPeak):え、そうなんですか。ありがたい限りです。何名くらいに送られているんですか?
細井(三井住友海上キャピタル):2,700人ぐらいですね。
唐橋(SPeak):すごいですね!組織内の2,700名に一気に、継続的にアクセスするなんてスタートアップじゃ難しいですよ。
関口(三井住友海上火災保険):SPeakを導入したときに私のコメントも載せてもらったのですが、数人から「見たよ」と言われました。営業パーソンはこういうの、意外と見ているんですよね。
唐橋(SPeak):すごいですね。じゃあ細井さんに連絡したらSPeakのプレスリリースなんかも紹介してくれますか?
細井(三井住友海上キャピタル):もちろんです。とはいえ投資先のプレスリリースは全てチェックしているので、既に勝手に紹介していますけどね(笑)。
唐橋(SPeak):ありがとうございます(笑)。
安藤(三井住友海上キャピタル):スタートアップの情報をみんながつぶさに見ているわけではないので、僕らが間に入ってしっかりとお知らせするのは大事なことだと思っています。
それでは最後に、SPeakの今後の展望を教えてください。
唐橋(SPeak):SPeakは会社のビジョンに「Global People Make Global Companies and Society」を掲げています。
日本をグローバル人材先進国にしようと考えたとき、そのキープレイヤーは「Global People」です。今は優秀な留学生が日本を選んでくれているとはいえ、そういった方々はキャリア選択を含め、色々なことに困っています。例えば外国人は家を借りるのが大変なんです。クレジットカードや銀行口座、住宅ローンも同じ。その市場をまとめると、ざっと3兆円位の巨大なマーケットになるのではないかと睨んでいます。
今は新卒採用に集中していますが、将来的には第二新卒や日本語を本気で学ぶ高度外国人材、海外から日本に来たいエンジニアといった採用市場はもちろん、採用市場以外でもJPortの経済圏を作っていきたいと考えています。
冒頭でも述べましたが、僕はまだまだ日本はオワコンだとは思っていません。日本を元気にしてくれる人たちを増やして、そういう人たちが安心できる社会インフラを通じて、日本の未来をつくっていきたいです。
細井(三井住友海上キャピタル):素晴らしいですね。投資面はもちろん、バリューアップという観点でもお手伝いさせてください。
唐橋(SPeak):頼りにしています。よろしくお願いします。
(取材・執筆:pilot boat 納富 隼平、撮影:ソネカワアキコ)
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